思春期の子どもに「ちゃんと伝わる」親のメッセージ:心理学に基づいたコミュニケーションの工夫
思春期を迎えた子どもとのコミュニケーションにおいて、「言っても聞かない」「話が通じない」と感じることは少なくありません。親の意図や思いが子どもに「ちゃんと伝わらない」と感じる時、親御様は戸惑いや無力感を抱かれることもあるでしょう。しかし、これは思春期という特別な時期の子どもの心理や脳の発達過程において、自然に起こりうる変化の一部でもあります。
思春期の子どもに効果的にメッセージを伝えるためには、従来の伝え方を見直し、心理学的な視点を取り入れた工夫が有効となることがあります。ここでは、なぜ思春期の子どもに親のメッセージが伝わりにくくなるのかその背景に触れつつ、具体的なコミュニケーションの工夫について考察します。
なぜ思春期の子どもに親のメッセージが伝わりにくくなるのか
思春期は、子どもが自立に向けて大きく変化する時期です。この時期には、以下のような心理的・生物学的な要因がコミュニケーションに影響を与えると考えられています。
- 脳の発達の途上性: 思春期は、感情や衝動をコントロールし、計画性や論理的思考を司る前頭前野が発達段階にあります。一方で、感情や快感を司る扁桃体などの部位は先行して発達するため、感情に流されやすく、親の言葉を感情的に受け止めたり、論理的に理解することが難しくなることがあります。
- 自立心の芽生えと自己意識の高まり: 自分自身の価値観や考え方を確立しようとする過程で、親からの干渉や指示を疎ましく感じることがあります。また、他者からの評価を気にするようになり、親の言葉を「批判」や「否定」として受け止めやすくなります。
- 非対称な関係性: 親子はもともと権力や情報の非対称性がある関係です。思春期の子どもは、この非対称性からくる抑圧感に対し、反発や無視といった形で抵抗を示すことがあります。
- 情報の受け取り方の変化: 友人の意見やSNSなど、親以外の情報源から大きな影響を受けるようになります。親からのメッセージは、数ある情報の一つとして処理されるようになり、優先順位が下がることもあります。
これらの要因が複合的に作用し、親御様が意図するメッセージが子どもにそのまま伝わりにくくなる状況が生まれます。
効果的なメッセージ伝達のための心理学的アプローチ
思春期の子どもにメッセージを「ちゃんと伝わる」ようにするためには、一方的に「伝える」のではなく、「対話」としてのコミュニケーションを意識し、いくつかの工夫を取り入れることが重要です。
1. 「Iメッセージ」を活用する
コミュニケーションにおいて、「Youメッセージ」は相手の行動を主語にして評価や批判を伝えるものです。「あなたはいつも部屋を散らかしている」「どうしてあなたは何度言ってもやらないの」といった表現です。これは子どもを責めているように聞こえ、反発や自己防衛的な態度を引き出しやすくなります。
これに対し、「Iメッセージ」は、「私は〜と感じる」「私にとって〜は△△だ」のように、主語を自分にして自分の感情や状況を伝える方法です。「部屋が散らかっているのを見ると、私は少し心配になります」「〇〇をしてくれると、私はとても助かります」といった表現です。
「Iメッセージ」を使うことで、子どもの行動そのものを否定するのではなく、その行動が親自身にどのような影響を与えているのかを落ち着いて伝えることができます。これにより、子どもは責められていると感じにくくなり、親の気持ちや状況を理解しようとする姿勢が生まれやすくなります。
2. 具体的に、そして簡潔に伝える
思春期の子どもは、抽象的な指示や長々とした説教に対して集中力を保つのが難しい場合があります。「ちゃんとしなさい」「もっと頑張りなさい」といった曖昧なメッセージは、具体的に何をどうすれば良いのかが分からず、響きにくいことがあります。
メッセージを伝える際は、「いつ(時間や状況)」「どこで」「何を」「どのように」してほしいのかを具体的に、かつ簡潔に伝えるよう心がけてください。例えば、「部屋を片付けて」ではなく、「今週末の午前中に、机の上にある教科書とノートを棚に戻しておいてくれると助かるな」のように具体的に伝えることで、子どもは何をすれば良いのか明確に理解できます。
また、一度に多くのことを伝えようとせず、最も重要なメッセージに絞って伝えることも効果的です。
3. 非言語コミュニケーションも意識する
言葉の内容だけでなく、声のトーン、表情、姿勢、アイコンタクトといった非言語的な要素も、メッセージの伝わり方に大きな影響を与えます。心理学者のメラビアンが提唱した研究では、メッセージの受け止められ方に占める非言語的な要素の割合が大きいことが示唆されています(ただし、これは感情的なメッセージ伝達における割合であり、全てのコミュニケーションに当てはまるわけではない点には留意が必要です)。
落ち着いた、穏やかな声のトーンで話すこと。腕組みをせず、開かれた姿勢で向き合うこと。適切なアイコンタクトを取ること。これらの非言語的なサインは、「あなたの話を真剣に聞いている」「あなたに関心を持っている」というメッセージを伝え、子どもに安心感や信頼感を与えます。逆に、イライラした口調や威圧的な態度は、子どもを構えさせ、言葉を受け付けなくさせる要因となります。
4. 伝えるタイミングと環境を選ぶ
子どもが心を開いて話を聞ける状態にあるかを見極めることも重要です。疲れている時、他のことに熱中している時、友人と一緒の時などは、メッセージを受け止める余裕がないことが多いでしょう。
可能であれば、子どもがリラックスしている時や、親子で一緒に過ごす時間(食事中や移動中など)に、短い言葉でさりげなく伝える方が効果的な場合があります。また、子どもがプライバシーを重視する時期であることを理解し、友人や兄弟の前ではなく、二人の時を選んで話すといった配慮も大切です。
5. 一方的な伝達ではなく「対話」を心がける
親御様は「伝えなければ」と考えがちですが、コミュニケーションは一方通行ではありません。効果的なメッセージ伝達は、「伝える」ことと「聞く」ことのバランスの上に成り立ちます。
子どもに何かを伝えた後には、子どもの反応や意見に耳を傾ける時間を持つことが重要です。子どもの話に誠実に耳を傾け、「〇〇ということだね」のように理解しようとする姿勢を示すことで、子どもは自分が尊重されていると感じ、親のメッセージにも耳を傾けやすくなります。たとえ意見が異なっていても、まずは子どもの考えを理解しようと努めることが、建設的な対話への第一歩となります。
伝わらなかった時の対応
これらの工夫をしても、親のメッセージが一度で「ちゃんと伝わる」とは限りません。むしろ、伝わらないことの方が多いかもしれません。そのような時に親御様が感情的になったり、子どもを責めたりすることは、更なるコミュニケーションの断絶を招く可能性があります。
メッセージが伝わらなかったと感じた時は、すぐに諦めるのではなく、時間をおいて再度試みたり、伝え方を変えてみたりすることが有効です。また、子どもにも子どもなりの理由や言い分があるのかもしれない、という視点を持つことも大切です。なぜ伝わらなかったのか、何が子どもの受け止めを妨げているのかを、子どもの言葉や態度から推測し、理解しようと努める姿勢が、次のコミュニケーションにつながります。
もし、特定の問題行動について伝えたいメッセージが全く伝わらず、子どもや家族の安全・健康に関わる深刻な状況が続く場合は、学校の先生、スクールカウンセラー、地域の教育相談センター、児童相談所といった専門機関に相談することも検討してください。専門家は客観的な視点から状況を整理し、より適切なアプローチや支援策について助言を提供してくれます。
まとめ
思春期の子どもに親のメッセージを効果的に伝えることは容易ではありません。しかし、思春期特有の心理や脳の発達を理解し、伝え方やコミュニケーションのスタイルを柔軟に変えていくことで、子どもとの関係性を維持・発展させていくことは可能です。「Iメッセージ」の活用、具体的かつ簡潔な伝達、非言語コミュニケーションへの配慮、適切なタイミングと環境選び、そして何よりも「対話」としてのコミュニケーションを心がけることが重要です。
完璧な伝え方を目指すのではなく、試行錯誤しながら、子どもとの信頼関係を築くプロセスそのものを大切にしてください。また、子育ては一人で抱え込む必要はありません。他の経験豊富な親御様と情報交換をしたり、専門家のサポートを借りたりすることも、この時期を乗り越えるための力となります。